グッチ (GUCCI)

の詳細情報
GUCCIの写真
Country イタリア
makerメーカー 株式会社グッチグループ ジャパンPPR
other-maker関連メーカー ブルーベル・ジャパン株式会社

QuestionGUCCI(グッチ)とは

衣服の他、バッグ・財布・靴・香水・時計・ジュエリーなど幅広く手がけるイタリアのファッションブランド。
ブランドの元祖と呼ばれ、世界で初めて品質保証のためにデザイナーの名前を商品に入れたことでも知られる。

オープンから数年のうちに、グッチオ・グッチの皮革製品は、乗馬からインスピレーションを得たハンドバッグ、トランク、グローブ、シューズ、ベルトのコレクションを求めて世界各地から顧客が訪れるようになる。
くつわとあぶみをモチーフにしたホースビットの革新的なデザインはこの頃に誕生し、後にグッチデザインの普遍的なシンボルとなる。

1940年代、ファシスト統制下のイタリアで物資不足に直面。
バンブーバッグを発表。ブランドを象徴するヒット商品の1つとなる。
第二次世界大戦中、経済制裁されたイタリアで革の大半を輸入に頼っていたグッチは困難な立場に立たされ、今ある革を少しでも減らさないように持ち手を竹で代用したのがバンブーバックの始まり。
1950年代には、馬具の腹帯に起源をもつ、グリーン/レッド/グリーンのウェブが人気を博し、グッチのアイコンとなる。このウェブはグッチであることが一目でわかるデザインとして現在も使用されている。
ミラノ、ニューヨークにショップをオープン。

1953年にグッチオ・グッチが逝去。その後彼の息子であるアルド、ヴァスコ、ウゴ、そしてルドルフォに経営が引き継がれる。

1960年代中頃、伝説的な「インターロッキングGG」ロゴが採用される。
ロンドン、パームビーチ、バリ、ビバリーヒルズにもショップをオープン。

1970年代には、かねてからアルドの目標であった極東地域への進出を試み、東京と香港にショップをオープン。

1982年にグッチは一部株式を公開し、50%のシェアを保有するルドルフォの息子マウリッツィオ・グッチにリーダーシップが受け継がれる。
1984年には、ドメニコ・デ・ソーレがGucci Americaの社長に就任。
1980年代後半に、バーレーンに拠点を置く投資会社Investcorpが、アルド・グッチとその息子たちから、残りの50%の株を取得。

1994年トム・フォードがグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任。
1995年、ドメニコ・デ・ソーレがCEOに就任し、グッチは100%株式公開会社として生まれ変わる。
1999年、Pinault-Printemps-Redouteと戦略的提携を行い、シングルブランドカンパニーへと変貌する。

2004年、デ・ソーレとトム・フォードがそれぞれのポストを退任。
2005年、マーク・リーが社長兼CEOに就任。
現在は、フリーダ・ジャンニーニがクリエイティブ・ディレクターとして指揮を執っている。
フリーダ・ジャンニーニは、2002年9月、ハンドバッグのデザイン・ディレクターとしてグッチに入社。その2年後には、前例のないポストであったアクセサリーのクリエイティブ・ディレクターに就任し、ハンドバッグ、シューズ、ラゲージ、レザーグッズ、スカーフ、ネクタイ、ファインジュエリー、ギフトアイテム、、ウォッチ、アイウェア等のデザインを統括。
2005年3月、フリーダはそれまでのアクセサリー部門に加え、ウィメンズウェアのクリエイティブ・ディレクターに就任。さらに、2006年1月には、メンズウェアのデザインも兼務することとなり、事実上グッチ全体を統括するクリエイティブ・ディレクターとなった。
GGロゴを型押しした上質レザー素材のオリジナルコレクション「ラ・ペッレ・グッチシマ(グッチシマレザー)」はジャンニーニ指揮下のグッチから発表された。

2006年11月3日、銀座に世界初の「グッチビル」をオープン。すべてのフロアにグッチが入居する。
地下1階地上7階建てで、地下1階から地上3階までは服やバッグ、アクセサリーなどを販売、4階以上は、カフェやギャラリー、イベントホールを設置した。4階にある「グッチカフェ」はミラノに続き世界2店舗目。オリジナルのチョコレートが販売されている。

2008年2月8日、総面積46,000平方フィートの世界最大のブティックをニューヨーク5番街のトランプタワーにオープン。
街から鮮烈な景観を切り取るガラスで輝くその外観は、著名な建築家ジェームズ・カーペンターの手によるもの。
ニューヨーク ブティック限定商品“Gucci Loves NY”のロゴをプリントしたバッグなどを展開している。

SNAPGUCCI(グッチ)のアイテムを取り入れたコーディネート

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