モロッコを行く - Latte

モロッコを行く

  • 旅行期間: 2017/09/20 ~ 2017/09/29
  • 作成日:2017/10/09 19:32
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1日目:平成29年9月20日(水)…自宅を出てJR相馬駅より名取経由で仙台空港へ到着。
             ANA3232便にて成田空港へは16:00頃到着。
             成田からはエミレーツ航空21:20発でアラブ首長国連邦のドバイへ。

2日目:平成29年9月21日(木)…ドバイ着は03:00(現地時間:-5h)。
             同航空07:25発のEK0751便でモロッコ・カサブランカ着12:45。
             その後、バスでモロッコの首都ラバトへ移動し、ムハンマド五世廟と
             ハッサンの塔を下車観光後、5時間程かけて宿泊地シャウエンへ。
             この日シャウエン泊。 (バスでの移動は2座席1人掛けで楽だった。)
             ホテルは、『アトラス・シャウエン』

3日目:平成29年9月22日(金)…ホテルにて朝食後バスで1時間半程移動し、スペイン風の白壁の街
             世界遺産ティトゥアンのメディナ(旧市街)観光後再びシャウエンへ。
             青の街シャウエンにてメディナ観光後”ケバブ”等の昼食。
             昼食後、バスで3時間半程をかけて旧首都フェスへ向かい宿泊。
             ホテルは、『ホテル・エル・ミンズ・ザラース・フェズ』

4日目:平成29年9月23日(土)…ホテルにて朝食後、バスで1時間程移動し、世界遺産である
             古代ローマ遺跡ヴォルビリスの入場観光。
             その後再びバスに乗り、世界遺産であるメクネスの市内観光。
             ”エル・マンスール門”や”ムーレイ・イスマイル廟”を下車観光。
             昼食は、邸宅レストランにて”イカのタジン鍋料理”等を食べる。
             その後、バスで再びフェスに戻り、世界遺産であるメディナ
             (旧市街)を観光。”ブーイナニア神学校”や”ムーレイイドリス廟”、
             ”ブージュルド門”や”カラウィンモスク”等を下車観光後、
             なめし革職人街を訪れ”タンネリ(なめし革の制作や染色工房)”
             を訪れ、モロッコマスク(ハーブの葉を鼻腔に突っ込む)を付けて、
             タンネリを見下ろしながら見学後”バブーシュ”等を購入。
             その後、旧市街を一望できる絶景スポットにて写真撮影後、
             旧市街の中の民家を訪問し”ミントティー”を賞味後経てるへ戻る。

5日目:平成29年9月24日(日)…ホテルにて朝食後、フェスを出発して”砂漠の街エルフード”へ。
             この日は、約9時間程もバスに乗る大移動日であった。
             途中、”モロッコのスイス(或いは軽井沢)”とも呼ばれるイフラン
             (スキーも出来る)リゾートにてモーニングコーヒーを楽しんだり、
             ミレルトにて昼食の鱒料理(ホイール焼き)等を楽しんだりしながら、
             エルフード着。 化石館見学後ホテルへ。
             ホテルは、『エル・アチ・エルフード』

6日目:平成29年9月25日(月)…早朝4時頃に起床し、砂漠でのラクダに乗っての朝日鑑賞と朝食
             を取るために、5台の4WD車に分乗してサハラ砂漠へ向かった。
             真っ暗闇のサハラ砂漠に着き、暫し美しく輝く夜空の星を鑑賞後、
             ラクダに跨り、およそ30分後に朝日鑑賞の砂丘に到着。
             朝日鑑賞や写真撮影、砂の滑り台遊びに興じた後は再びラクダにて
             便乗箇所まで戻り、そこのテント前に用意されていた朝食を頂いた。
             朝食後ホテルに戻りってシャワーで砂や汗を洗い流した後出発。  
             バスに乗り込んで、次の宿泊地であるワルザザードを目指した。
             ワルザザード迄は5時間程だったが、”カスバ(城郭)街道”の景色を
             楽しんだり、昼食の”肉団子のタジン鍋”を楽しんだり、
             ”トドラ渓谷”で途中下車し、涼んだり渓谷美を楽しんだり、
             途中の”地下水道跡や井戸”を下車観光したり、”ティネリール”では
             下車観光してオアシスのパノラマを楽しんだり土産物を買ったり
             しながらワルザザードに到着した。
             ホテルは、『ル・フィント』

7日目:平成29年9月26日(火)…ホテルでの朝食後、17世紀の豪族が所有していたという有名な
             タウリル・カスバ(カスバとは、日干煉瓦で出来た要塞の事)訪問。
             映画『ターミネーター』外、映画のセットとしてよく使われる。
             その後、約3時間程をかけてティシュカ峠を越えマラケシュへ。
             峠付近のレストランにてアルガンオイルを使用した料理の昼食。
             その後アルガンオイルやサボテンシルク(リュウゼツラン)の店で
             土産物等を購入しながら、マラケシュホテルには夕方前に到着。
             少し休憩の後、夕刻の”ジャマ・エル・フナ広場”へ向かった。
             モロッコを訪れた人達が「凄い!」と口を揃えて言う、
             ”モロッコの活気・生命力・熱狂”がこの広場には集約されていた。
             カンネリのバブーシュ店やアルガンオイル店、サボテンシルク店
             等々での我々の土産物購入で、相当のキックバックが有ったであろう
             現地ガイドの「マダニ(え!)」さんの奢りの飲物を飲みながら、
             ”ジャマ・エル・フナ広場”を見渡せる喫茶店の2階からその活況を
             暫し眺めた後、1時間程の自由時間が与えられて広場中を見物した。
             翌日には、昼の”ジャマ・エル・フナ広場”を再訪する予定だった。
             その後ホテルにて夕食。
             ホテルは、『モガドール・オペラ・ホテル&スパ』

8日目:平成29年9月27日(水)…ホテルでの朝食後、バスでマラケシュ旧市街観光へと向かう。
             メディナ(旧市街)にて下車して市街や”クトゥビアの塔”を見学後に
             スーク(市場)等の路地裏見学後”ジャマ・エル・フナ広場”に出た。
             1時間程の自由時間が設けられ、広場を見物したり土産物を買った。
             夜に比べて昼の”ジャマ・エル・フナ広場”はまるで祭りの後の様に
             何やら寂しげであった。その後ピザやラザニア等のイタリアン昼食。
             昼食後には再びマラケシュ市内観光に戻り「イヴ・サン・ローラン」
             が造ったという”マジョレール庭園”や”バヒア宮殿”等の見学後には、
             4人乗りの馬車に乗車してのマラケシュ市内巡りを約30~40分した。
             マラケシュでの市内観光後にはスーパーマーケットに案内されたが、
             此処では土産物としての目新しい物は無く、余った現地通貨である
             『ディルハム』を使い果たさせるための買い物目的としか思えない。
             土産物購入は既に済ませていたので女房殿がチョコや菓子類を購入。
             トイレチップを残し、400ディルハム(¥5,000.-程)は使い切った。
             その後、ホテルにて夕食。モロッコでの最後のホテルは良かった。

9日目:平成29年9月28日(木)…ホテルでの朝食後、バスで約3時間半程のカサブランカへ向かう。
             カサブランカ到着後には”モロッコでは1番、世界では7番目に高い”
             という、大西洋岸にある『ハッサンⅡ世モスク』を観光。
             何故か(?)この海岸は、スペインはバルセロナ海岸(地中海)を
             思い出させた。 暑かったモロッコ旅行中の空気とは違った、
             潮っ気を含んだ涼やかな潮風をタップリと胸に吸い込んだ。
             観光後には、カサブランカ空港へ向かい、現地時間14:45発の
             エミレーツ航空EK0752便にて約8時間をかけてドバイへ向かった。
             
10日目:平成29年9月29日(金)…ドバイへは、夜中の1時半到着。 乗り継ぎ時間はあまり無く、
             02:40発、同エミレーツ航空EK0318便にて成田へ向かった。
             成田空港には、予定通りの17:35到着。
             成田空港では検疫、入国審査、税関申告等の手続や申告の後に解散。
             成田空港から仙台空港への最終便は18:30頃なので、
             入国手続きや第2ターミナルから第1ターミナルへのバス移動を考慮
             するとこれに間に合わず、さりとてホテルに宿泊後に宿泊後の翌日、
             成田空港→仙台空港への始発便で帰っても相馬着は昼過ぎなので、
             我々は、成田発21:15発の仙台行の高速夜行バスを予約していた。
             先ずは、第2ターミナルから第1ターミナルへのバス移動した後に、
             ターミナル内の”スタバコーヒー店でキャラメルマキアート”喫茶後
             10日間ぶりの”日本食”を食べる事にした。 モロッコ料理に辟易して
             いた妻は、その店の最高級ステーキを頬張っていた。
             その後、成田発21:15発の仙台行の高速夜行バスに便乗したが、
             余裕のあるリクライニングシートは飛行機のそれよりも快適だった。

11日目:平成29年9月30日(土)…高速バスの仙台駅西口には、予定通りに朝の5:15頃に到着。
             JR常磐線(上り)始発の5:30発に間に合い、相馬には6:30到着。

※ いやはや、振り返ってみれば過酷な旅程だったが結構楽しめた。
  時差の関係で、旅行中や特に飛行機での移動中はしょっちゅう食事をしていた気がする。
  毎回、外遊する度に思う事は「良くも悪くも、日本の事がよりわかる。」という事である。

   今回のモロッコ旅行は移動日も入れて10日間という長い旅程だった。

旅行会社は何時ものC・T。 交通手段は自宅~JR相馬駅(専用駐車場)。

相馬→仙台空港はJR。 仙台→成田はANA。 成田~ドバイ間とドバイからカサブランカ間が往復共に、アラブ首長国連邦”の”エミレーツ航空”。 

 帰りの成田→仙台は後泊のロスを避けての夜行バス。 仙台→相馬:JR。

…という、10日間の旅程と移動日を含めて11日間というハードな旅となった。


※ 当初のモロッコ旅行では、『”憧れのサハラ砂漠と悠久の古代ロマン”モロッコ・エジプト7つの世界遺産の旅』という別ルートの旅程の予定であり、ギザでスフィンクスやエジプト考古学博物館でのツタンカーメン王の黄金のマスクやクフ王のピラミッド内部への入場観光を行い、三大ピラミッドも見る予定だったが最近のエジプトで多発するテロ事件により企画が今回の旅行に変更になった。

 また、今回の様なアラブ首長国連邦のドバイ経由では無く、航空会社も往復共にカタール航空でカタール国はドーハのハマド国際空港経由の予定だった。


※ カタールは他のアラブ諸国とその政治姿勢等に関しては一線を画しており、

位置関係に関して言えば、中東・西アジアの国家。首都はドーハ。アラビア半島東部のカタール半島のほぼ全域を領土とする半島の国。ペルシア湾(アラビア湾)に面する。南はサウジアラビアと国境を接し、ペルシャ湾を挟んで北西はバーレーンに、北はイランに、東はアラブ首長国連邦(UAE)に向かい合う。 

 湾岸協力会議(GCC)の加盟国。小国であるが、豊かな石油・天然ガス収入を背景に、アラブの春では中東各国に活発に介入した。

 2014年、サウジアラビア、バーレーン、UAE(アラブ首長国連邦)の3か国が内政干渉を理由に駐カタール大使を召還。周辺諸国との軋轢が表面化した。

2017年6月、ムスリム同胞団への支援やイランとの接近に対して、一部のイスラム諸国(サウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプト、イエメン、モルディブ、モーリタニアなど)がカタールとの国交断絶を表明した。

 小さなカタールがここまで目の敵にされる背景にはテロ支援などの他に、父を退けて首長の座を奪ったり、女性が自由に運転できる文化など、湾岸諸国の体制を危うくしかねない要素があるからだ。

 また、「アラブ寄り!」と言う偏見を持たれがちな、報道機関の「アルジャジーラ(アラビア語と英語でニュース等を24時間放送している衛星テレビ局。)」の本社はカタール・ドーハにある。

経営…1996年11月1日、カタール首長であるハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニーより5億カタール・リヤル(1億3700万USドルに相当)の支援を受けて設立。独立を保った報道姿勢を保ちつつも、会長には首長の親戚であるハマド・ビン・サーメル・アール=サーニーが就任し、カタール政府を通じた経営という形がとられた(カタール政府以外にも、個人投資家達が加わっている)。

特徴…従来からの欧米(キリスト教文化圏)中心の視点とは異なるアラブ系メディアであり、アメリカのテレビがアメリカ社会、文化に偏向しているのと同様、アルジャジーラも当然アラブ社会(およびアラブ世界の一部を含むイスラーム世界)、文化に偏向しているが、これが直ちにアルジャジーラが反米メディアである事を意味しない。

 カタールは、欧米諸国に対しては、イラク戦争では基地を提供する程度には比較的に穏健な姿勢であり、このアルジャジーラはカタール政府が西洋の近代的メディアを手本に創設したものである。また、パレスチナ自治政府の汚職などの問題を追及したり、イスラエル人が出演してヘブライ語で話すなど、他のアラブのメディアがやらなかったような事も積極的に取り上げる。

 アルジャジーラは自らを「公正で政治的圧力を受けない、中東で唯一の報道機関である」と謳っている。実際に英国のIndex on Censorship(検閲に関する問題を扱う雑誌。1972年創刊)では、2005年に「アラブ諸国における自由な情報交換を促進し、検閲を拒否する勇気」の一例として紹介されているし、アメリカにおいても1999年のニューヨーク・タイムズ紙に「アラブ諸国で、最も自由で最も広い観点を持つテレビネットワーク」と評されている。ただし、カタールの内政には言及しないほか、ジャスミン革命に端を発する中東諸国の騒乱では、スンニ派のリビア・シリアの反体制派を擁護する一方で、バーレーンのシーア派反体制派には非擁護的な報道を行うなど、公正な報道に対して疑問を覚える視聴者も少なくない。 アナウンサーの出身国は、アラブ世界の広範囲にわたっており、本人達の宗教もイスラム教やキリスト教と多様である。服装面に関しては宗教色が強くなく、長らく「ヒジャブを着用するムスリマ女性アナウンサー」は見られなかったが、2003年アルジェリア出身の有名女性アナウンサーが開局以来初めての着用者として登場し話題となった。その後局上層部は露出が少なく慎ましいとみなされる服装を求める意向を強めていったらしく、2010年には服装ガイドラインを受け入れがたいとした女性アナウンサー達が集団で辞意を表明するという事件も起こった。

 上記の様な、気風を持つ国家であり、今後の動向が気になる国である。

「トランジットタイムが多少あれば垣間見てみたい…」とも思って下調べをしていたのだが、残念な事であった。


前述の様に、1日目:平成29年9月20日(水)…自宅を出てJR相馬駅より名取経由で仙台空港へ到着。 (旅は体力勝負、とにかく食べる事でもある。)

 先ずは仙台空港にて腹ごしらえ。何時もの『本陣:牛タン専門店』にて。




ANA3232便にて成田空港へは16:00頃到着。 ドルとユーロは持って行ったので両替はせず、旅行会社での受付後は暫く食べおさめとなる日本食を頂いた。




成田からはエミレーツ航空21:20発でアラブ首長国連邦(UAE)のドバイへ。

流石エミレーツ、ドバイ迄は食事が2度出たがモロッコ料理も含め美味かった。



成田空港で仕入れておいた鯖寿司や助六寿司も平らげた。


トランジットタイムにはドバイ空港のカフェでくつろいだ。


ドバイ空港の免税店は品揃えが豊富な上に品質が良くて安価で凄かった。

チョコやナツメヤシの菓子等々の土産物は殆どここで仕入れたのだった。







ドバイから再びエミレーツ航空でモロッコ最大の経済都市のカサ・ブランカへ。

モロッコ料理のクスクスと羊の煮込み料理


カサ・ブランカ空港へ到着!




これより、モロッコの首都であるラバトへとバスで向う。




























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