50日間トルコ一周! - Latte

50日間トルコ一周!

  • 旅行期間: 2011/08/01 ~ 2011/09/19
  • 作成日:2015/05/11 16:47
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19歳の夏、50日間かけてトルコをぐるぐると回りました。
イスタンブールやカッパドキア、パムッカレ、サフランボルなどはもちろん、
ワンやドウバヤズット、ディヤルバクル、シャンルウルファ、マルディンなど東部まで。
途中、ギリシャに半日、ブルガリアに1週間ほど抜けましたが、
ヒッチハイクにホームステイにと人生で1番といっていいくらい充実した旅でした。
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トルコ航空に揺られてイスタンブールへ。

ヨーロッパと見間違うほどの美しい街並みにモスクの尖塔が顔をのぞかせる。

東から来た人はここをヨーロッパと呼び、西から来た人はアジアと呼ぶ。

そのどちらもが、それこそが、イスタンブールなのかもしれない。




イスラームには、ラマザン (ラマダン)と呼ばれる断食月がある。

期間中は日の出から日没まで、食事をとることは厳禁とされる。

そして、街中には無料食事配給所のテントが姿を現して、

日没後には無料で来場者に食事が振る舞われる。



「アマスラにはもう行ったのかい?」

イスタンブールの郊外でヒッチハイクをした夫婦に聞かれたけれど、

ガイドブックをめくってもそんな地名どこにもなかった。

バスを乗り継いで行ってみると、トルコ人ばかりでアジア人は0。

柵をくぐってベストスポットを探したり、

レストランの人に気に入られて厨房に入ったり。

別れ際にメールアドレスを教えてもらったのに、

汚くて解読不能なことが今でも残念でならない。



サフランボルは江戸時代からの街並みが世界遺産になっている。

だけど、この村の魅力は素朴な住民たち。

昼食を食べていた若者に断食月について聞いたら、

「昨日がんばったから、今日は食べても平気」なんて言っていた。

毎日3食を同じ食堂で過ごしたり、散髪屋でダラダラと何時間もしゃべったり、

土産物屋に内定をもらって店番を任せられたりしたことも。

店番といっても、言葉をひとつ覚えれば大丈夫。

「ブユルン!ブユルンブユルン! (いらっしゃいませ!)」



11日目、北東部の街トラブゾンに到着。

標高1200mの壁にへばりついたスィメラ修道院へ。

ギリシア正教系の僧院に、トルコの外れまで来たことを実感した。



ドウバヤズットはトルコにおける東の果て。

富士山にも似たアララト山 (5137m)は、ノアの方舟が漂着した場所だとか。

町から山の麓まで5時間かけて歩いて、帰りはヒッチハイクで。

家を建てはじめたというお父さん、窓から絶景だろうな。



ドウバヤズットの町を見下ろすイサク・パシャ宮殿。

インディ・ジョーンズといえばペトラ遺跡だけど、ここもなかなか。

果てなどどこにもなく、「いまここ」という中心しかない。



ラマザン限定の料理、生肉のペースト。

夕方の街中は殺気立っているかのようだけど、

日没の鐘が鳴るとみんなが夢中になって皿をかきこんでいた。



ワンから60km東にあるホシャップ城。

廃城となっているけど、天空の城ラピュタのようで雰囲気抜群。

帰りの交通手段は何もなかったけど、道端で親指を立てたらどうにかなった。



ワン城からの帰り、ヒッチハイクでどうにか乗せてもらえることに。

だけど、車はワンには向かわず、荒地の中で停車した。

「脅迫されたらいくらまで払おう」なんてとっさに考える中、

手を引かれて歩くと広げた新聞紙の上には料理と彼らの家族が。

月明かりの下、ぼくのお皿とチャイグラスは空になることがなかった。



ディヤルバクル、ハサンケイフを経てマルディンへ。

荒野の中に中世の街並みが忽然と姿を現した。



シャンルウルファを経てネムルトダーゥへ。

山頂に転がる神々の像と首。

遺跡どうこうというより、日の出が格別に美しかった。



カッパドキアでは気球ツアーにもちろん参加。



観光地だとばかり思っていたカッパドキアは、人々がすごく素朴。

まずはツアーに参加して一周して、次はヒッチハイクで一周して、

最後は日の出から日没まで歩いて一周した。

1週間を過ごした宿の息子ユスフとは今でも連絡を取り合っている。

また会いに行きたいな~。



35日目、ついにトルコを脱出!

アンタルヤを経てカシュからフェリーでギリシャのメイス島へ半日だけ。

青の洞窟は本当に青かった。



エフェスを経て石灰棚が圧巻の世界遺産パムッカレへ。

太陽光の照り返しが強烈で、誰もが水たまりの中でくつろいでいた。



40日目、イスタンブールから夜行バスでブルガリアへ!

トルコを満喫したのと、トルコ料理に飽きたという気持ちが強かった。

100円以下のピザ、ヨーグルト、アイスクリームに感動。

リラの僧院は視覚に強く訴えられた。



成り行きでウクライナ人のおばあちゃんとヒッチハイクしながら田舎へ。

ワインで有名なメルニック村に部屋をシェアしながら数日滞在。

その後、再びひとりでヒッチハイクをしながらバタック村へ。

本当に何もない村で、外国人旅行者は月にひとりいるかいないかとか。

身振り手振りで鶏料理を注文したら、魚が出てきて笑いが止まらない。

1週間を過ごしてブルガリアを好きになったところで、再びイスタンブールに。



初日にも食べたケバブサンドを再び食べて、50日間の旅が終了。

毎日のようにチャイを何杯もごちそうになって、

彼らに倣って角砂糖が1個や2個では物足りなくなった。

次は再会のため、アララト山に登るために、また行きたい。



 

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