ハノイ紀行(ハロン湾へ) - Latte

ハノイ紀行(ハロン湾へ)

  • 旅行期間: 2014/07/01 ~ 2014/07/04
  • 作成日:2015/05/31 16:01
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2014年7月3日 ハロン湾オプショナルツアー、ロビーではガイドの青年が待っていた。
この青年も若い頃のホーチミンに似ている。
ツアーのマイクロバス、トラベラーは僕一人。あとはドライバーとガイド。
ほかにもハロン湾へ行く人がいるはずだが、
「あー皆さんは、大型のバス。バチャン村へ寄って行く。後で合流する」
そういえば 陶器のバチャン村・ハロン湾 なんてオプショナルツアーもあったな
「だからあなたラッキー、ゆったり行ける」なるほど。
「朝は混雑している。でもいつもよりいい。ベトナムの学校、7月から夏休み、でも大学の試験始まる」
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Latte ユーザー

2014年7月3日 ハロン湾オプショナルツアー、ロビーではガイドの青年が待っていた。
この青年も若い頃のホーチミンに似ている。
ツアーのマイクロバス、トラベラーは僕一人。あとはドライバーとガイド。
ほかにもハロン湾へ行く人がいるはずだが、
「あー皆さんは、大型のバス。バチャン村へ寄って行く。後で合流する」
そういえば 陶器のバチャン村・ハロン湾 なんてオプショナルツアーもあったな
「だからあなたラッキー、ゆったり行ける」なるほど。
「朝は混雑している。でもいつもよりいい。ベトナムの学校、7月から夏休み、でも大学の試験始まる」
昨日ホアンキエム湖のベンチで深刻そうに本を読んでいた青年は、大学受験中だったのかもしれない。


しばらくいくと工業団地、Canonの大きな工場に従業員が吸い込まれていく。
「日本のキャノンがあるんだね?」
ガイドは黙って頷く。
郊外にでるとAeonの建設予定地が広がる。
「イオン、ハノイにもできるんだ」
それも黙って頷くだけでそっけない。
“日本のおかげでベトナムはどんどん発展していきます”
リップサービスぐらいないなのかなと疑問が。
昨日このサイトを見て、なるほどと。
http://d.hatena.ne.jp/hnihongo/touch/20080115/p1
発展途上国の低コストの人件費に惹かれて日本企業は進出する。

軋轢は生じる。


「日本ではベトナムのこと、どんなことが話題になってますか」
ガイドが探るような目つきで。
「中国とベトナムが島の領有権で衝突」
ガイドが嬉しそうに
「そうです、難しい問題です」
「ベトナムは武力で争いません。国際司法裁判所に提訴します」
「ベトナムはカンボジアの人民のためにパル・ポトと戦いました。
中国はポル・ポトを支援していました。ベトナムはカンボジアをポル・ポトから開放しました」
なるほど、“いざとなったら中国と戦ってもベトナムは負けない、でも平和的な手段で紛争を解決しようとしているのだ” このガイドはこう論理を組み立ててきた。


「日本でも中国と問題ありましたね?」
ガイドの青年は次のロジックを組み立てていた。
「あー尖閣諸島」
「中国は日本を責めました。レアアースの輸出止めました。
その時ベトナムは日本にレアアースを供給しました」
確かにレアアースの中国依存は危険だと、新たな供給先を探す動きは
民主党・菅政権時代からあった。
「それで日本はベトナムの高速鉄道・原子力発電所などの建設に協力することになったのです」彼はレアアースの見返りとしての日本の協力は当然だと捉えている。
http://mw.nikkei.com/tb/#!/article/DGXNASFS2102W_R21C10A0MM8001/

「原発、あなたは福島の事故を知っていますか?」
と僕はガイドに。
「知っている」
「それでも」
「仕方ない」
ガイドは口淀んだ。
あのあとの沈黙を今考えている。
日本からの原発技術の供与は、たしかにエネルギー資源に乏しいベトナムにとって魅力だろうが、それだけだろうか
まずは南沙諸島の埋蔵油田、それを中国が独り占めするんだったら、
ベトナムは原発を作りますよ。
そんなメッセージを中国に発信したのではないか
“はいどうぞ”と中国が取り合わなかったら?
さすがベトナム それも見越していたと思える。

2010/10
 管首相はベトナム・ズン首相との会談では外務・防衛次官級対話の枠組み創設で一致。(1)原子力発電所や高速鉄道の建設での協力(2)ベトナムの衛星打ち上げ事業での連携(3)インフラ整備に向けた円借款の供与――なども申し合わせる。

http://mw.nikkei.com/tb/#!/article/DGXLASGC01H0S_R01C14A2MM8000/

原発+衛星打ち上げ => 核弾頭
そう狙いは北京。

しばらく黙りこんでいたガイドの青年が
「あの遠くに見える橋がロンビエン橋です。
鉄道の橋です。
フランスが作りました、アメリカが爆撃しました。
私たちが直しました」
フランスがベトナムを植民地として支配していた時代の1902年ロンビエン橋は作られた。アメリカがこの橋を破壊したのはいわゆる北爆の時(1965 ~1968)だろうしその後ベトナムが修復したのだろう。
この橋には20世紀のベトナムの歴史がある。
そう日本軍が利用したことも(1940~1945)。


街道沿いにKARAOKEの看板、日本が誇る現代文化かもしれない。


殺風景な町並みに“RED STAR"という看板。
「ここは宝石の町です。
ルビー 世界2位です。」
とガイドが。
コーヒーも2位、レアアースも2位、そしてルビーも2位。
「海老蔵さん奥さんのルビー、ベトナムに買いに来ました」
残念ながら僕はその話を知らなかった。
ネットで調べてみると、海老蔵が鉱山?に入って妻になる女性のために
ルビーの原石を探したとか、たった4時間で奇跡的に見つけたとか
それが披露宴で流された。サプライズとして。まあ余興だろう。




トイレ休憩&バチャン村経由グループとの合流点は大きな物産店
石の彫り物が並んでいる。大理石?




「この店の石はみんな保証付きです。日本へ送ります」
とガイドの青年が、
と言われてもこんな重くて高そうなものは買う気にはならない。
だが向かい合う魚の構図は気になる。同種の生き物を2つ向き合わせる構図は
各国にある。
そういえはバリ島のウブドで伝統的なバリ絵を習った事があった。
向き合う尾長鳥。
ベトナムに来てすぐに向き合う構図の何かに接した記憶があったが、思い出せない。
店の一角では刺繍の実演が。
物産店で合流したのだが、大型バスに移らなくてもいいと言う。
でそのままマイクロバスで。

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