ターキッシュエアラインズビジネスクラスで行くシルクロードの旅【前編】 - Latte

ターキッシュエアラインズビジネスクラスで行くシルクロードの旅【前編】

  • 旅行期間: 2016/09/22 ~ 2016/11/06
  • 作成日:2016/12/07 21:20
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第二回旅行記コンテストの賞品でいただいたターキッシュエアラインズ ビジネスクラスの往復航空券を使って イラン ‐ トルクメニスタン ‐ ウズベキスタン の三ヵ国を巡り、シルクロード交易が育んだ文化にふれてきました。
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【出発】

東京成田空港を夜に出発。

約12時間 飛行機に乗ってイスタンブールへ。

普段なら半日も過じっとしていなければいけないと思うと憂鬱だけれど、

今回はちょっと事情が違う。


まず、シートの広さがすごい。ソファーみたいな心地よさ。

搭乗してすぐにウェルカムドリンクが配られる。

数種類ある中から珍しさで苺のジュースを選んだ。さっぱりしていておいしい。

この座席、なんで足元に棚があるんだろう…と思ったら、消灯後はフルフラット仕様で敷きパッドと毛布をかけて完全にベッドになる仕組みだった。

機内履きの簡易スリッパや履き替えようの靴下、アイマスク、耳栓なんかのアメニティも付いてる。もうぐっすり眠れる要素しかない。


離陸してしばらくたつと機内食のメニューとワインリストを手渡されて何にしようか考える。英語に自信がないので選んだものに印をつけて係の人に。

飲み物は寝つきがよくなりそうなメリッサとカモミールのブレンドティーを注文。アルコールだけでなくノンアルコールドリンクも豊富に用意されていてうれしい。

前菜として寿司が登場。さすがにネタは刺身じゃないけれど美味しい。

ちゃんとコースで料理が運ばれてくる。


綺麗な盛り付けやフェイクのキャンドルを各席にサーブしてくれる演出で

レストランにいるような気分になる。

トルコ料理をベースにした品が続く。

空の上で世界三大料理を楽しめるってなんて贅沢だろう。

パスタの後はデザートのティラミス。

消灯時間になってしまって写真が撮れなかったのが心残り。




【イスタンブールでトランジット】

アタテュルク国際空港に到着。

イランのテヘランへ行く前にここでちょっと待ち時間がある。

ここの空港には以前にも来たことがあって、かなり規模が大きくて普通に訪れるだけでも楽しい。いつもなら館内をうろうろして楽しむけれど、今回はまっすぐラウンジへ。


入り口はこんな感じ。

中はホテルやレストランみたいな雰囲気。


2フロアに分かれていてとても広い。

ただ広いだけでなく空間の使い方が凝っている。

球形で統一されたモチーフで仕切ったエリアごとに、それぞれ照明やインテリアで変化をつけていて、ちょっと数歩あるいてエリアを移動するだけで全く違う印象に包まれる。散策していると、ビリヤード台・読書スペース・ミニシネマ・イスタンブールのジオラマを走るミニカーレースなど、大人も楽しい娯楽が配置されていた。大型のロッカーもあって、旅の荷物を預けて空港内を歩くことができるようになっている。乗り継ぎ時間が長くてもここなら飽きることはなさそう。


作りたての軽食とサラダ、飲み物を提供するコーナーと、デメルのケーキが並ぶカフェスペース、旬の果物が並ぶフルーツバーがあって、何を食べようか迷ったけどケーキを全種類制覇したらおなかいっぱいになってしまった。


ラウンジを出る前にシャワーを浴びてから飛行機へ。

ふかふかのタオルとバスローブがついてて、ドライヤーもあった。

身だしなみを整えて目的地につけるのがうれしい。

おかげでここまでの間、長距離を移動したとは思えないほど全く疲れがない。




【イラン入国】

朝の5時。

イスタンブールから約4時間のフライトでイランの首都テヘランの

エマームホメイニー国際空港に到着。

着陸と同時に、女性はスカーフを頭に巻いたり長袖の服を羽織ってあわただしく支度し始める。イランはイスラム教国家で、たとえ異教徒の旅行者でも戒律に沿った服装を求められるから肌や髪を隠さなければいけない。

私も見よう見まねでスカーフを巻く。


空港を出ると、早朝にもかかわらずもう暑い。

9月末でもまだまだ日中は30℃を超える気温になる。

そんな中でも町ではみんなスカーフと体のラインが隠れる上着かマント状の大きな布『チャドル』を身に着けている。日本とは違って極度に乾燥していて汗でべとつくことがないからまだ何とかなるけれど、歩くだけですぐにバテてしまう。




【マスレ村】

ついてすぐ、イラン北部にあるマスレ村へ。


長距離バスとタクシーを乗り継いでで7時間ほどで

山間にある小さな集落にたどり着く。

遠くからだと分かりにくいけれど、この村では狭い谷間の土地を有効に使うため家屋の屋根はすべて公共の道や庭として使われているのが特徴。

家の上に家が重なるように建てられている。

ご近所さんも観光客もみんな屋根の上を歩いていく。

住人にとって足音がうるさくないのか気になったけれど、木組みを泥で固めた上に土を厚く踏み固めてあるおかげかそれほど音はしないようだった。

イランの山間部では他にもこういった形式の村が点在しているそうで、

道のりは簡単でないけれど観光地化されていない暮らしを見たければそちらのほうがおすすめらしい。



【ウルミア塩湖と最古のバザール】

マスレ村からさらに西に向かってタブリーズへ。

近くにあるウルミア塩湖がこの夏、自然現象が重なって面白い景観になっているらしい。2時間半バスに乗って塩湖の観光拠点ウルミア市へ移動、そこからタクシーで湖沿いのロケーションの良い場所をまわってみる。




湖面が、とにかく赤い。

旱魃で塩分濃度が濃くなったせいで繁殖したプランクトンの色だそう。

岸辺の塩の結晶の白と空の青さでとんでもない色合いになっている。

綺麗だけどちょっと不気味。

地元では塩湖の水で沐浴すると体にいいと言われていて、数組の家族連れが水浴をしていた。長年の慣れなんだろうか。手を放すとスカーフが飛びそうになるような風の中でも地元の女性たちは服装を乱すことなく水遊びを楽しんでいた。動きにくい服装のせいで生活に制約があるように思っていたけれど、思うよりは色々なことを楽しめるみたい。


ウルミアからの帰りにタブリーズのオールドバザールへ寄ってみる。

ここは中東最古のバザールで、マルコポーロも立ち寄ったんだとか。

世界最長の商業施設ともいわれていて、半日がかりでやっと回れるような広さ。

中でも一番建物が古いエリアを中心に散策してみた。

砂糖の専門店を多く見かける。お茶をよく飲むからそれにあわせてお茶用の砂糖もいろんな種類がある。ここに写っているスティック状のものはマドラーとして使う。砂糖の結晶にサフランなどのスパイスを加えた物もあった。

ただ、こういったタイプの砂糖は来客用などで使うことが多くて、日常は角砂糖を口に含んでお茶で溶かしながら飲むものらしい。どうりでどこのカフェの砂糖壺も角砂糖が山積みに積まれていると思った。


ドライフルーツのお店。ナッツや豆類ヒマワリの種も一緒に売られている。

食品は大抵量り売りで値札は1キロ当たりの価格がペルシア数字で書かれている。大型のスーパーマーケットでも価格表記がペルシア数字だから、文字を覚えないと買い物するのも難しい。

​おやつ用にドライフルーツを買って長距離バスにターミナルへ向かう。

ここから一晩かけてテヘラン経由で南部の町に移動しなければいけない。


バスターミナルで出発を待つ間、いろんな人に話しかけられてお茶やお菓子をすすめられた。一人旅の外国人に対する好奇心のせいかとおもったけれど旅人をもてなす文化があるらしい。断っても断り切れず2時間の間に持っていたリュックが果物やお菓子でぱんぱんに…。

中でも同じバスに乗った年配の女性がくれたリンゴ7個は完食するのにイラン最終日までかかってしまった。赤く髪を染めてオレンジのスカーフを巻いた華やかな装いの彼女は英語がとても上手くて、たくさん話をした。

別れ際に「イランはどう?好き?」と訊かれて、「好きだよ!ペルシアの建築物が綺麗でいいね。」って答えたら、彼女は「I hate this country.」と耳打ちしてニヤリと笑って去っていった。

年齢からして、革命前の国と比べて嫌いという意味なんだろうか。

派手なスカーフの後姿は人込みを分けて遠くに行ってしまい、どういう意味なのか聞くタイミングを完全に逃してしまった。




【カシャーン】

到着後、真っ先にホテルへ向かう。

この町の宿泊先は今回一番楽しみにしていたホテルで、

昔の商人の邸宅跡を改装した施設。

イスラム式の中庭。果樹が茂っていて居心地がいい。


泊まった部屋は地下の18畳ほどある居室。

室内なのに真ん中に小さな噴水がある。

地下でも湿度は全く無くて風通しがよく、暑さがしのげて丁度いい。

実は、この地下の部屋は地下2階にあたる。

地下2階にはほかにも同程度の規模の部屋が4部屋ほどあるようだった。

庭が地下1階に造られていて、玄関が地上1階。

40℃近い夏の厳しい暑さを避けるため地面を掘って下階に部屋を造って、中心に大きな吹き抜けの中庭をもうけて採光と風通しを確保するのが伝統的な形式らしい。夏はひんやりした地下、冬は日当りのいい地上へと渡り鳥のように気温に合わせて部屋を変えていたんだとか。重機も何もない時代に個人宅のためだけにこんなに大規模な掘削をするって…豪商、どれだけ贅沢なんだ。


もう一軒、近くの邸宅跡ホテルのエントランスを抜けたところ。

こちらも地下に居室が設けられている。



ホテル近くのモスクも同じ形式で二重構造になっていた。他の地域では違ったから、イランの中でもこの地域独特の建築形式なのかもしれない。



ホテルに荷物を置いて、半日観光でアブヤネ村へ移動する。

そこは古代から伝わるゾロアスター教の村で独自の民族衣装があって、

女性は皆バラの柄のスカーフをかぶっているんだとか。


個人旅行だとタクシーをチャーターするしかないけれど同じホテルに泊まっていたオランダ人旅行者とシェアすることができた。


道中はずっと乾いた山間を進む。


市内から2時間弱程で到着。

タクシーに待ってもらって、2時間後に同じところに集合する約束をした。

こういう待ち合わせの時、GPSがあって本当に良かったって思う。


周辺で採れる赤い土でできた独特のピンクっぽい色合いの街並み。

散策するけど、村人には出会わない…観光客しか歩いていない。

後から聞いた話では、観光地として人気はあっても過疎化が進んでいて今はもう高齢者がわずかに住んでいるだけらしい。

たしかに廃墟が目立っていたし、家屋の手入れも行き届いていないように見えた。宗教的な物だったのか、民家にしては豪華に思える彩色をされていた形跡のある玄関はどれも絵が剥げてしまっている。もともとはどんな彩りだったんだろう?これはこれで趣があるけれど、この景観も崩れてなくなっていくのかもしれない。


夕方前に市内に戻ることができたから、もう少し観光を続けて16世紀の公衆浴場ハマムの史跡スルタン・アミール・アフマド・バスハウスを訪れてみた。

ここは屋上に出るとスペインのガウディ建築を彷彿とさせる丸いドームにガラスがはめ込まれたオブジェのようなものが並んでいる。

これは採光窓で、下から見るとこんな感じ。

施設は何部屋にも分かれていて広く、くつろぎやすそうなスペースが設けられていて交流の場として栄えていた様子がうかがえる。


浴場跡を出て路地裏をあるいていると、知らないおじいさんが手招きをする。

英語は全く通じなくて、身振り手振りだけでおいでと言われていることしかわからない。古い建物の薄暗い地下へ入っていく。

これはダメなやつかもしれない…そう思いながらも好奇心に負けてついていくと、機織り工房だった。彼の仕事を見学させてくれるらしい。

糸を手で紡いでいることに驚いた。薄手の黒い布を作っているみたい。

チャドル用かな?詳細は分からなかったけれど、チップを要求されることもなく自由に工房内を見て回った。


適当に町を歩いていると、すぐに日が暮れてきた。

町のあちこちに、黒い旗や真っ赤な電飾が飾られている。

ここ数日、だんだん装飾が増えていくから何かのお祭りが近いみたいみたい。




【イスファハン】

「この広場には、世界の半分がある」

ここイマーム広場の美しさを讃えて昔の人が言った言葉らしい。

噴水を中心にした広場を宮殿やモスクが囲んでいる。

モスクに入ってみると、ドーム内の金装飾が見事だった。

この装飾は光の加減によって孔雀が羽を広げたところにみえるんだとか。

がんばって目を凝らせば見える…かも。


イマーム広場から裏に入ると、休憩にちょうど良いカフェやレストランが並んでいる。お茶と一緒に伝統的な水煙草を楽しめる店がたくさんあるってガイドブックには載っていたけれど、どこも取り扱わなくなっていた。紙煙草以上に喫煙による有害性が高いことが問題になっていて”公共の場では禁煙“っていう風潮らしい。どこの国でも愛煙家は大変そうだ。

コーヒーというとインスタントコーヒーが主流のこの地域で、豆から淹れくれるカフェが近くにあると聞いてそこで休憩をとった。

ハウスブレンドが120,000リアル(約450円)この国の物価としては高め。

でも久しぶりの美味しいコーヒー!

コーヒーも美味しかったけどトラディショナルティーという名前のブレンド茶が気に入って2回も飲みに行ってしまった。入っている色とりどりの花や果実を数えるだけで楽しい。



午後はヴァーンク教会を見に行った。

教会の周辺はアルメニア地区と呼ばれている。ペルシアの時代、アルメニア人に国の発展に貢献してもらう代わりに自治権を与えられたのがはじまりだそう。

教会っぽくない外観。

内装もイスラム風味。

イスラム風の装飾に人物が描かれているのが面白い。

併設されている博物館には、世界一小さな聖書や1本の毛髪に聖書の一節を書き込んだものが展示されていた。


泊まっていたホテルまでローカルバスで移動。

市内一律15,000リアル(55円ほど)ですごく安かった。

公共の交通機関はすべて、こんな風に真ん中あたりに仕切りがある。

前が男性、後ろが女性の乗っていいエリア。イスラムの戒律で男女はきっちり分けられる。日本でも女性専用車両が浸透しているせいか、あまり違和感なくすごせた。夜行バスも男女が隣になることがないから女一人旅にはありがたい。


ホテルで一息ついてから夕食に出かけた。

レセプションで勧められた近くのレストランに行ってみる。

ラムの骨付き肉の煮込み。宗教上、豚肉を食べる習慣が無いかわりに羊肉がよく食べられている。この料理は意外と癖が少なくまろやかな味。ナイフが一切いらないくらいとろとろにトマトソースで煮込まれていて、旨味がたっぷり骨から染み出している。


このあたりの地域定番の料理 ケバブ 。

肉を串焼きで調理したもの全般をケバブと呼ぶみたいで、この店では羊・鳥・牛が選べた。ケバブには必ず焼きトマトと生玉ねぎが付け合わせでついてくる。

割とちゃんとしたレストランで食事をしても、こういう料理一品あたりが大体150,000~250,000リアルほどで、円換算だと1,000円以下とリーズナブル。




【シーラーズ】

イスファハンから夜行バスでシーラーズへ移動。


朝6時に到着の予定がバスが遅れて7時過ぎになってしまい、ホテルに荷物も預けず慌てて目的地に移動する。この町には朝しか見れない絶景があって、いい写真を撮るには一番にたどり着かなければいけない。


バスターミナルから近かったおかげで8時過ぎに到着。何とか一番最初に入ることができた。目的地はマスジェデ・ナスィーロル・モスク。通称ピンクモスクと呼ばれているステンドグラスが有名な寺院。


外観のモザイクタイルにもピンク色があしらわれている。


礼拝所の中に入ると

色の洪水。


一番乗りだったけど、すぐ後から来た人たちがあっというまに場所取りをしてしまった。一部の旅行者の間では、この光の中でセルフィーをするのがブームらしい。

片隅にはコーランが積まれていて、お祈りに訪れている信徒もいた。

お祈りの横を歩き回るのも気が引けて、しばらく座り込んで光が移り変わっていくのをながめてからモスクをあとにした。



ホテルまでの道は旧市街の中らしく古い建物がかなり残っていて

何でもない街並みが絵になる。

カシャーンの町でもみかけた黒と赤の装飾がここでもいたるところにほどこされている。調べてみると、3日後にイスラムの大きなお祭りがあるらしい。

この日の夜にも、お祭りに関した行事があるということだったから、

夜にもう一つの有名なモスクを訪れてみた。


”光の王“という意味の名前をもつモスク、シャー・チェラーグ廟。

モスクの広場に足を踏み入れると中はすでにお祭り”アーシュラー”の熱気に包まれていた。

詩を歌いながら自分の背中を鎖の束で打ち付けて行進する男性の集団が続々とモスクに入ってくる。町内ごとに列を作って市内を練り歩いて最後はこのモスクに集まるらしい。モスクを案内してくれた人の説明ではこれは昔のイスラムの王様イマーム・フサインが敵の軍隊に殺されてしまった事を追悼する祭りで、殺害された苦しみを共感するために鎖で自分を鞭打つ風習があるそう。


建物の中にも入ってみた。カメラはお祈りの邪魔になるから駄目だけど、

スマートフォンなら撮影しても構わないというので、端の方から何枚か撮影。


一面の鏡でできたモザイクタイル!きらきら。


さすがお祭りの夜。ここも人がいっぱい。




【マシュハド】

シーラーズからヤズドを経由して聖地マシュハドへ移動。

アーシュラーの本番をイランのイスラム教聖地で迎えることができた。


このエマーム・レザー廟というモスクを中心に祭りが行われ、シーラーズの時と同じように市内を回った行列が集まってくる。

道路が車両通行止めになっている。人の密集度がすごい。前に進めない。

槍を模したようなものが連なった飾りを掲げる列の後ろに、鎖で鞭打つ人々の列が続く。

鞭打つ鎖は偽物かと思ったら、本当に金属製だった。これは後々相当痛そう。

かなり早いステップを左右に踏みながら背中を打ちつつ行進している。

男性にとって信心深さ・男らしさをアピールする重要な機会で、動きを鈍らせず最後までやり遂げるかどうかが見せ所らしい。

日本のお祭りでもそういうのあるなー。

宗教も文化も違う国でも、人の考えることには共通のものが多いのが面白い。


昔の王の非業の死を悼むものだからか、モチーフがおどろおどろしい…

団体ごとに、歌う詩が違う。お経か聖歌のような旋律が主流な中で、この団体だけなぜかデスメタル調だった。自由だ。


モスクの敷地内はボランティアガイド同伴で見学することができた。

このモスクについて日本語のパンフレットと英語のショートムービーが用意されていた。まさかイランで日本語対応があるとは思っていなかった。

どの国から訪問者が来ても対応できるようにすることで、イスラムの教えの寛大さや精神的な豊かさを広めたいそうだ。

パンフレットの発行日を見ると、2015年と新しい。イスラムというだけで恐れる人もいる今、悪いイメージを払拭したい思いもあるのかもしれない。


夜になると、昼の騒がしさと打って変わって燈明を灯して静かに祈る風景が各所で見られた。街角に屋台のようなテントが組まれていて道行く人にチャイと砂糖菓子がふるまわれる。

女性たちの黒いチャドルに包まれた顔が灯りで照らされて宗教画みたいで綺麗。

祭りの後特有の、ざわつく静けさの中イラン最後の夜が終わっていく。


明日は陸路で国境を越えて、トルクメニスタンからウズベキスタンを目指す。

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