ターキッシュエアラインズの魅力に迫る!「ターキッシュエアラインズ ビジネスクラス搭乗記」 (7/7)

執筆者: メイス

 

ターキッシュエアラインズにまつわるエピソードのご紹介

今回の搭乗記とは関係しないのですが、個人的にお伝えしたいエピソードをご紹介します。

 

30年も前の話になりますが、当時イランとイラクの間で勃発していた「イラン・イラク戦争」最中の1985年3月17日に、突如イラクのサダム・フセイン大統領が、「48時間の猶予期限以降に、イラン上空を飛ぶ航空機は民間機であっても無差別に攻撃する」との宣言を出しました。

この宣言を受けて、イランに在住している外国人は、それぞれ自分の国の政府が用意した軍の輸送機や航空会社の航空機によって、次々とイランから脱出しました。

ところが、日本人だけは脱出ができない状況にありました。

というのも、当時の日本政府はまだ自衛隊が海外で活動することを法律(自衛隊法)に定めておらず、自衛隊を派遣することができなかったのです。
さらには、日本政府は日本航空にチャーター便の派遣を依頼したものの、日本航空の経営陣及び日本航空のパイロットと客室乗務員が組織する労働組合が、安全が保障されないことや猶予期限内に脱出することが困難であることを理由に、日本政府の要請を拒絶し、日本政府は手の打ちようがない状態にありました。

イランの日本大使館も、あらゆる手を尽くして各国と交渉したものの、どの国も自国民救出に手一杯であり、救援の要請は断られてしまいました。

そのため、当時イランに在住していた200人以上の日本人は、イランからの脱出方法がなく、戦争に巻き込まれ命を落とす危険がありました。

猶予期限が迫り、最早万策尽きたような状態の中、在イラン 日本大使館が、在イラン トルコ大使館に窮状を訴え、救援を要請したところ、猶予期限ぎりぎりであるにも関わらず、トルコ政府は「100年前の1890年、和歌山沖でトルコの軍艦エルトゥールル号が遭難した際に、手厚く救助をしてくれた日本への恩義を私たちは忘れていません」と、救援を快諾し、トルコ航空の2機をイランのテヘランに派遣してくれました。

その2機のトルコ航空機に、215人の日本人が分乗し、土壇場で無事にイランからの脱出することができました。
救援のトルコ航空機がイランの国境を越えてトルコに入ったのは、タイムリミットの1時間15分前という、まさに危機一髪の救出劇でした。

この時、トルコ政府及びトルコ航空は、トルコへは陸路での移動も可能なこともあり、自国民よりも日本人の救出を優先してくれました。この救援の飛行機に乗れなかった500人のトルコ人は陸路を使い自動車でイランから脱出したそうです。

このとき、自身の危険を顧みずに救援にあたってくれたのがトルコ航空、今のターキッシュエアラインズなのです。

 

 

総括と感謝

 

いかがでしたでしょうか。

今回、ターキッシュエアラインズのビジネスクラスを実際に利用してみて、想像以上のクオリティの高さに驚かされたとともに、多方面から評判が良く、評価の高い理由を実感しました。

2014年に世界最高と評価された機内食、ラウンジ、そして、機内の設備やサービスも、2011年から4年連続で"ベスト・エアライン・ヨーロッパ"に選出されていることが頷ける、素晴らしいものでした。

ひとときの旅を終え、今回のターキッシュエアラインズ ビジネスクラスで過ごした時間の記憶を思い出しながらこのコラムを書いていると、あの素晴らしい体験が今でも蘇ってくるようです。

また近い将来、ターキッシュエアラインズのビジネスクラスで、再びどこかに旅に出ることを夢見ながら、このコラムの最後を綴らせていただきます。

今回、この搭乗記コラムの作成にあたっては、多くの方に協力いただきました。
この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございました。

また、私たちは、トルコ政府そしてトルコ航空(ターキッシュエアラインズ)が、30年前に同胞を助けてくれた恩を忘れません。

もし、ターキッシュエアラインズを利用し、その素晴らしいサービスを受けて旅をすることが、少しでも30年前の恩返しに繋がるのなら、私たちにとってこの上ない喜びです。

トルコと日本の友情は永遠です。
ありがとう、トルコ!ありがとう、ターキッシュエアラインズ!

 

 
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