日本の国民食「カレー」誕生秘話!レトルト発売はいつ?当時のレシピも紹介
皆が大好き「カレー」の歴史と由来を紹介。カレーといえば海軍ですが、日本には福沢諭吉が初めて紹介しました。レトルトや昔の作り方も紹介!
インドで誕生し、イギリスから日本にやってきた、今や日本の国民食となったカレー。
その歩みが一体どこからやってきたのか、探ってみましょう。
カレーは、インドの植民地化が進む時代に、イギリスへと持ち込まれました。
カレー粉がヨーロッパに紹介されたのは、1757年にあった「プラッシーの戦い(イギリス・フランス間の植民地を巡る戦いの1つ)」からです。
初代ベンガル総督になったイギリスのウォレンヘイスティングが、初めてカレーを紹介しています。
後に、イギリスのクロスアンドブラックウェル社(C&B社)が、世界で最初にカレー粉を商品化しました。
カレーと言う言葉を日本で初めて紹介したのは福沢諭吉です。
1860年(江戸時代万延元年)、福沢諭吉が翻訳した辞書『増訂華英通語』の中に、カレー(curry)という語が登場しています。
1872年(明治5年)に刊行された『西洋料理指南』が、カレーライスの調理法について紹介しています。
訳:
ねぎ一本、生姜半個、にんにく少しを、みじん切りにして、バター大さじ1で炒めて、水1合半を加えて、鶏、海老、牡蠣、蛙などを入れて煮て、カレー粉小さじ1を入れて、1時間煮たら、塩を加え、水で小麦粉大さじ2を溶いて入れる。
この他に、同じ年1872年(明治5年)『西洋料理通』でも、カレーの作り方が紹介されています。
当時は、西洋野菜の玉ねぎは普及されておらず、ねぎをカレーに使っていました。
日本人オーナーシェフの草野丈吉が、1863年に長崎でオープンした西洋料理店「良林亭(後の自由亭)」。
この自由亭のカレーも、小麦粉を入れて、とろみを付けた製法で作られていました。
その後、1893年(明治26年)の5月の『婦女雑誌』に、即席ライスカレイの作り方が書かれています。
その即席ライスカレイの作り方を指導したのが、京橋で江戸時代から続く和菓子の老舗「風月堂」の弟子、米津松造でした。
和菓子屋さんの弟子がカレーの作り方を指導したとは驚きですね。
この頃はまだ舶来のカレー粉は、西洋食料店でしか手に入りませんでした。
そして上流階級の食料品でした。
- 1903年(明治36年)
大阪の薬種問屋の「今村弥」(現ハチ食品)が国産のカレーを製造販売。
少し後に、東京神田の「一貫堂」でも1906年(明治39年)に「カレーライスのたね」 を発売しています。
- 1914年(大正3年)
東京日本橋岡本商店から「ロンドン土産即席カレー」が発売。
- 1926年(大正15年)
大阪の浦上商店(現ハウス食品)が「ホームカレー」を製造販売。
- 1928年(昭和3年)
「即席ホームカレー」が「即席ハウスカレー」と呼ばれるようになる。
- 1941年(昭和16年)
太平洋戦争が始まり、1945年(昭和20年)の終戦までの間、カレーの製造、販売は中止された。
- 1950年(昭和25年)
エスビーが赤缶のカレー粉を発売。
同じ年、ベル食品より、日本初の固形ルウ「ベルカレールウ」が発売。
- 1969年(昭和44年)
大阪の大塚食品から、日本初のレトルトカレー「ボンカレー」発売。
- 1971年(昭和46年)
ハウス食品「ククレカレー」発売。
- 1927年(昭和2年)
名花堂(現カトレア洋菓子店)が「洋食パン」を実用新案として登録。
後に「カレーパン」と呼ばれるようになる。
週に一度は食べたくなる、日本独自の進化を遂げたカレーライス。
アメリカでは、寿司、うどん、ラーメンなどの日本食ブームの中で、カレーも人気な日本食の一つになっています。
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