出世の石段で仕事運UP!東京虎ノ門のパワースポット「愛宕神社」を紹介 (1/2)

執筆者: 薄荷脳70
はじめに

東京虎ノ門のオフィス街の中に、緑濃い社叢の愛宕山があります。

この愛宕山の山頂にあるのが「愛宕神社(あたごじんじゃ)」です。


防火・防災などにご利益のある、全国でも有名な名刹です。

今では、開運・出世にご利益のある神社として密かな人気を博している、愛宕神社の知られざる歴史とご利益をご案内いたしましょう。

 

出世の石段が人気の愛宕神社

愛宕神社は、徳川家康が江戸入府後、江戸時代初期の慶長8(1603)年9月24日に創建されました。

幕府を開くにあたり、江戸の防火・防災の守り神として、家康の命により火産霊命を主祭神として創られたのです。

 


防火・防災のご利益、及び当時の江戸・東京を一望出来る風光明媚な名所として勇名を馳せたのですが、現在はそれ以上に人気を博しているのが、境内参道口にある「出世の石段」です。

 

この愛宕神社を参拝するための愛宕山を上る階段は、男坂と女坂の二つの石段があります。

 

 

文字通り体力のない方は、女坂を上がっていたのですが、現在は、この他に裏参道口に上がるエレベーターがありますのでバリアフリーです。

これも時代の流れでしょう。

 

最も急な階段「男坂」

そして正面の急な階段が「出世の石段」と呼ばれている男坂です。

 


江戸時代のガイドブックである『江戸名所図絵』には「六十八級の石階」と言う記載があり、68段しかなかったようですが、これも歴史のなせる業かも知れません。

実際には86段あります。

 

出世の石段となった背景

ある時、増上寺参拝の帰りに立ち寄った三代将軍家光が、愛宕山の山上に咲いている梅の美しさに惹かれて、梅の枝を馬で取って来られる者はいないかと、面白半分に言ったのです。
尻込みする家臣の中で、四国丸亀藩の曲垣平九郎盛澄が、騎馬にて86段の石段を駆け上がり、見事源平の梅を手折り将軍に献上したのです。
このことから、平九郎は日本一の馬術の名人として名を馳せたのです。